『日本神話の聖地』
日本最古の歴史書の「古事記」(712)や「日本書紀」(720)に書かれている日本神話の里。 |
| 神代の昔、空の上の『高天原』という神々の世界があり、乱れた地上界を治めるために、天照御大神が孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が高千穂に地に『天孫降臨』されたとされています。 瓊瓊杵尊が『天孫降臨』する際に、天照御大神から三種の神器を授かったことから天皇の祖神とされて、曾孫に当たる神武天皇が日向の地を立ち東征し奈良で国を統制し初代天皇となられたそうです。 子供の頃(昭和30年代)、東映マンガ 『わんぱく王子の大蛇退治』(1963)を見たのを微かに覚えています。天照大御神が岩戸にお隠れになったお話、スサノウノミコトが頭の八つある大蛇ことヤマタノオロチを退治した事を覚えています。 天照大御神、スサノウノミコトが登場する神話の世界をのぞき込む。 高千穂町を流れる五ヶ瀬川の峡谷。高千穂に来たら先ずは高千穂峡です。観光パンフレットでよく見かける高千穂峡の風景です。 高千穂峡は、大きな巌岩に挟まれた渓谷の穏やかな水面に渓谷に流れ落ちる滝があり、日本を代表する景勝地です。 |
| 県道から五ヶ瀬川渓谷のボート乗り場まで降りていきます。急勾配の湾曲した道をしっかりした足で下っていきます。下ったところに五ヶ瀬川に掛かる「御橋」に出ます。 御橋からの高千穂渓谷は大岩に挟まれ緩やかな水面の流れにボートがひしめく様に浮かべられています。その水面に伏流瀑の「真名井の滝」が水飛沫を発しながら落ちていくのが分かります。 高千穂峡の代名詞ともいえる有名な滝で、日本の滝100選に選定されています。天孫降臨の際、この地に水がなかったため、天村雲命(あめのむらくものみこと)が水種を移した「天真名井」の水が滝となって流れ落ちているとされています。 |
| 貸しボートは、チョット高額でした。川の流れは緩やかです。 ボートはインターネットで9:00を予約しましたが8:30に到着しましたが直ぐの乗れました。 水面を漕いでましたがやはりボートのコントロールが難しくボート同士がぶつかったり自由に進むことができません。写真を撮影するのも大変でした。ボートから見上げる滝は迫力満点です。 |
| おころの池 池の中には伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)両神により生み出された島「おのころ島」があります。高千穂神社の大祭ではお神輿がおの池を3回廻って禊をされます。 |
高千穂峡を望む遊歩道がありますが、令和4年9月17~19日にかけて通過した「台風14号」により遊歩道が水没し、ほとんど流され遊歩道が閉鎖されています。 |
『高千穂神社は高千穂郷の総社』
| 高千穂神社は第11代垂仁天皇が約1900年前に創建された高千穂八十八社の総社で歴史ある神社です。 その昔、高千穂郷は十八ヶ村の広大な範囲に、500余りの様々な神仏を祭った神々の里です。当時五軒に一つの神仏を信奉していたことになります。ところが明治維新により、その別格八十八社に挙げられた神社さえも廃社となっている。 現在の高千穂町は高千穂郷のほんの一部分に過ぎません。 |
| 高千穂神社参道の石段前に『狛犬』の石像が迎えてくれます。この『狛犬』は、 皇紀2664年4月16日に寄進されたと印されています。 ”皇紀”とは、神武天皇即位紀元で初代天皇である神武天皇が即位したとされる年を元年とする日本の紀年法です。『日本書紀』の記述に基づき、元年は西暦(キリスト紀元)前660年とされています。 高千穂神社の創建が11代垂仁天皇が1900年に創建されたとすると、天皇10代交代で約800年経過していることになり、1代在位80年となるが・・・・。 参道の石段の先に拝殿と本殿が鎮座されてます。森の中にたたずむ拝殿。 主祭神は一之御殿の”高千穂皇神”と”二之御殿の”十社大明神”とされてますが、誰だったけ?。 見事な彫刻が施された本殿、源頼朝公より奉納された鉄製狛犬は、国の重要文化財に指定されています。 |
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『天照皇大神が隠れた岩戸を祀る神社』
| 古事記、日本書紀に天照皇大神が岩戸にお隠れになったと言う『天岩戸神話』。日本各地に岩戸伝説があり、先日には伊勢の「天の岩屋」へ行きましたが、高千穂の天岩戸が発祥の地と自負されています。 天照皇大神がお隠れなった岩戸が御神体の神社です。岩戸川の渓谷を挟んで西本宮と東本宮が鎮座しています。 |
| 御神体「天岩戸」の拝殿です。拝殿の先には天照皇大神がお隠れになったとされる岩戸があります。 須佐之男命(すさのをのみこと)が大変な暴れん坊にお怒りになり天照大御神(あまてらすおおのかみ)が岩戸に隠れて、世の中が真っ暗になった。 八百万の神が集まり相談され岩戸の前で舞を舞い騒ぐと岩戸が開けられ世の中が明るくなったと言われる神話です。 西本宮には天照皇大神が祀られています。 |
| 西本宮の拝殿です。 天照大神がお隠れなった御神体の「天岩戸」は、岩戸川を挟んで対岸の西本宮の拝殿から参拝します。 また、定期的に神職さんが「天岩戸」の前へ案内して下さります。 |
| 西本宮拝殿の右に施錠された扉があります。疎かに潜り降りていきますと、対岸に締め縄が掛けられている大きな岩の洞窟が見えます。奥行きは1~2m程度ですが高さ4~5mはあると思います。 対面に「遥拝殿」が建てられお参りします。 なお、岩戸は神々が力いっぱい開けたので長野県の戸隠まで飛んでいったそうです。 ここは当然撮影禁止ですが、参道の木々の隙間から微かに見る事ができたので撮影させていただきました。 |
| 「神楽殿」 |
『八百万の神々が集まった岩屋』
| 天照御神が岩戸にお隠れになったとき八百万の神々が相談されたとする天安河原宮。 大きな洞窟に鳥居と祠が祀られています。 天照大神(あまてらすおおみかみ)がお隠れになった際、八百万(やおよろず)の神が相談したとされる大洞窟で、天岩戸神社西本宮から徒歩約10分のところにあります。別名「仰慕ヶ窟(きょうぼがいわや)」とも呼ばれています。いつの頃からか祈願する人たちの手によって石が積まれるようになり、神秘的かつ幻想的な雰囲気を漂わせています。 どうしてこんなおおきな洞窟が作られたのか不思議です。 |
| 西本宮から天安河原へ向かう途中の岩戸川にかかる『太鼓橋』です。 この橋を堺に俗世界と聖域が隔てられた結界となっていると言われ、一番の”超絶パワースポット!”で橋の中央に立って、そのエネルギーを感じてください。 |
『天照大御神のお住まい』
| 東本宮は、西本宮と岩戸川の渓谷を挟み相対して御鎮座されてます。 | ![]() |
第一鳥居を潜った右手の天鈿女命像に人感センサーが備わっているのか前を通ると動いで迎えてくれます。 でも、誰もいないところで急に動かれるとチョット怖い気がします。 |
| 東本宮は天岩戸から御出られた天照皇大神が住まわれたとされるそうです。 西本宮は神職さんが居られ栄えていましたが、東本宮は無人らしく閑散としていました。 |
| 「神楽殿」ですが、チョット朽ち果てているようです。 |