『絵ハガキ坂』
| オランダ坂へ行こうと歩いていると、道が入り乱れ迷ったので、地元の方に道を尋ねたら「活水女子大学」の横ですと教えて頂いた。 「活水(かっすい)」と言う単語で思い出したのが、“さだまさし”の「帰去来」に挿入されている“絵はがき坂”と言うアップテンポで軽快な曲です。 ♪~ 活水あたりは まだ 絵はがきどおりの坂 ~♪ “絵はがき坂“とは「オランダ坂」のこととを歌っていました。 オランダとの貿易が盛んで異人さんが通ったから「オランダ坂」と呼ばれています。 撮影した写真は“絵葉書”になるかな?。 |
| “絵はがき坂”の歌詞から、“紫陽花が咲き、カンナ、つたやかずらが咲く前”の頃は美しい風景なのでしょうね。今、曲を引っ張り出して聴くと楽しく心が浮き浮きしてきます。 ♪~ 同じ様なジーンズ着て アンアン・ノンノン抱えた 若いお嬢さんたちが今 シャッターを切った ~♪ 長崎の町をブラブラしていると、「アンアン・ノンノン」は抱えていないがお嬢さんたちの散歩者をよく見かけました。 「オランダ坂」は観光名所で一度訪れましたが変哲のない坂だったことを記憶していました。 |
『野外ステージと三大夜景』
| 大浦天主堂の前に着きましたが拝観料が1000円で躊躇し外観だけ撮影しました。 教会のステンドグラスやマリア像がありますが断腸の思いで止めました。 カトリックの教会堂である。江戸時代幕末の開国後、1864年(元治元年)に竣工した。日本に現存するキリスト教建築物としては最古である。 1864年はまだ“キリスト教禁制”ではなかったのかな?。 |
『グラバー』
| 幕末の黒船来航6年後の1859年にイギリス人商人のグラバー達が住んでいた洋風木造住居を配置した庭園です。 グラバー園は長崎湾を見下ろす傾斜にあり、入園するとエレベーターと動く歩道の4基が設置されていて一気に最上位置の「旧三菱第2ドックハウス」まで運んでくれます。 |
| 旧三菱ドック前の展望台からは長崎湾が一望でき正面には、三菱長崎造船所、澄み切った空、稲佐山まで奇麗に見えました。 三菱造船所では、戦艦:武蔵、霧島、日向。旅客船:飛鳥、飛鳥Ⅱ、ダイヤモンド・プリンセス、サファイア・プリンセスが製造されました。 |
| 旧三菱ドック前の石畳の坂を下ってくると晩秋の風が心地よく清々しいです。 ウォーカー住宅 リンガー住宅:“フレデリック・リンガー”。そう“長崎ちゃんぽんのリンガーハット”のモデルとなった方。“ホームリンガー商会”の創設者です。 |
| オルト住宅 : “ウィリアム・ジョン・オルト”。“オルト商会”の創設者で、三菱初代社長の岩崎弥太郎と深い交流があった人。 |
| グラバー住宅 : “トーマス・ブレイク・グラバー”は21歳で来日し、“グラバー商会”を設立し、武器や船の取引を幕府や討幕を狙う志士たちに最新式の武器を提供し成功を収めた。また、岩崎弥太郎の事業に参加したり、薩摩藩の五代友厚の留学を援助されたりキリンビールの前身の会社の創建に尽力されています。 園内では“洋風レトロ衣装”に着替え写真を撮影することや、“カフェ”、“レストラン”があり1日中楽しめます。 また、園内にはハートの石が3カ所に埋め込まれています。散策がてら見つけるのもよいでしょう。 |
| グラバー園の最終見学ルートに「長崎伝統芸能館」があり館内には「長崎くんち」で使用されている、龍などが展示されています。「くんち」は旧暦の9月9日に行われることか「くんち」と呼ばれるそうです。 |
『”ロイドめがね”の橋』
| 日本三大名橋の現存最古(1634)のアーチ型石橋の長崎”めがね橋”。 長崎市内を流れる中島川に10橋以上の石橋が掛けられてます。そのうちの一つが半円の橋脚が2個連なって川の水面に映るとめがねの様に見えます。めがねはロイドメガネですね。 ハロルド・ロイドは、1920年代のチャールド・チャップリン、バスターキートンと並ぶサイレント映画のスーパースターです。”まん丸めがね”がトレードマークで何度かテレビで見てました。 |
| ほとんどの観光客は橋の上とか川岸に降りて撮影していましたが”めがね橋”として見える撮影ポイントには撮影者が少なかったです。 |
『江戸時代の鎖国で唯一外国との貿易が許された出島』
| 学校で習った”出島”。出島は江戸幕府がキリスト教布教を禁止するために長崎湾に人工の出島(東京ドーム1/3)を作り鎖国してオランダのみと貿易していた島。現在は港湾改良工事で扇状の形態は姿を消しています。 |
| 出島への橋を渡り入口に来ましたが、入場せずに周辺の文化資産や風景を撮影し後にしました。帰ってから Google Mapのストリートビューで出島内施設を見ると見学しておけばよかったとチョット反省です。 |