『琉球を統一した尚巴志(しょう・はし)の居城』
| 1429年に“尚巴志(しょう・はし)”が“三山(北山王国、中山王国、南山王国)”を統一して琉球王制国家が成立し、首里城を都と定めました。 沖縄の王国の住まいは”グスク”と呼ばれていますが首里だけは”首里城”と呼ばれています。 その後、琉球では独自の国家的な一体化が進み、中国をはじめ日本、朝鮮、東南アジア諸国との外交・貿易を通して海洋王国へと発展してきた。首里城はその海洋王国の政治・経済・文化の中心であった。 日本の明治維新により成立した日本政府は、1879年(明治12)軍隊を派遣し首里城から国王尚泰(しょうたい)を追放し沖縄県の設置を宣言した。ここにおいて、琉球王国は滅亡した。 ”守礼門”は尚清王代(1527年~1555年)に創建されたといわれる守礼門。 |
![]() |
| 2019年10月31日。家に帰るとテレビで首里城が炎上と大々的にニュースを放映していた。首里城が燃えている。電気系統からの出火らしいです。 首里城は“正殿”を含め9施設が火災に遭った。 現在は『首里城公園』として整備され、約18ヘクタールの敷地に、首里城があります。首里城の外郭と内郭の二つの城郭からなり、広さは東西約400メートル、南北約270メートル、総面積約4.7ヘクタール。 内郭は、第一尚氏王朝時代の創建(15世紀前半頃)と推定されている。 外郭は、第二尚氏王朝時代の創建(15世紀後半~16世紀前半頃)と推定されている。 首里城は琉球王国の国王の居城で、沖縄県内の最大規模を誇っています。 |
| 首里城を訪れるには”ゆいレール“の”首里駅“が最寄りと思いましたが、首里城の”守礼門“から入場するためには”儀保駅“が良いかと思います。 首里グスク “グスク(石垣)”の角が船舶の舳先の様に丸みがあり反り出している。 この『瑞泉門』は、外郭から内郭に入る門です。 |
| 1429年 尚巴志(しょうはし)、三山(さんざん)を統一。「琉球王国」が成立。 1453年 「志魯(しろ)・布里(ふり)の乱」が起こり首里城全焼。 1660年 首里城焼失。 1672年 首里城再建。 1709年 首里城焼失。 1712年 首里城再建、1715年に完了する。 1945年 沖縄戦により首里城焼失。 1989年 首里城正殿、復元工事に着手。 復興中の正殿の外壁前に置かれたディスプレイに写し出されたありしの正殿です。 正殿の外観を見ると中国・韓国文化を汲む様式になっています。 |
| 正殿屋根の復興現場です。 5~6年前に比叡山の延暦寺根本中堂の大改修を見学に行ってきましたが首里城正殿の復興より大規模でした。 本土の神社仏閣等の屋根に飾られているしび |
![]() |
![]() |
| 首里城の内郭の石垣。 |
![]() |
首里グスクの一番高い「寝廟殿」があった『東のアザナ』からの展望です。 標高130mのなんと織田信長が築城した愛知県の小牧山城の標高86mより高いところにあります。 周囲を見渡す限り高い山は見えず、沖縄本島最高峰は北部にある、与那覇岳(503m)です。 生憎の曇り空です。雲を見ると前線が通過するかと思われます。 |
![]() |
『鍾乳洞があるテーマパーク』
| 沖縄南部の南城市玉城に国内でも有数の規模を誇る鍾乳洞をはじめ、赤瓦の古民家を再現した町、沖縄の自然や文化を体験できる観光施設「おきなわワールド」にあります。 「おきなわワールド」は、伝統工芸の体験、エイサー(無料)も毎日公開されているのでこちらも見逃せませんが、これは“琉球村”の観光展示物、イベントとダブっていて足早に通りすぎました。 |
| 「おきなわワールド」には、鍾乳洞観光で訪れました。 鍾乳洞は、石灰岩の割れ目から雨水や地下水の溶解でできた洞窟。 鍾乳洞は、昭和55年(1980)頃に九州最大とされる熊本県の“球泉洞”へ行った事がある、写真も残っていないしどんな鍾乳洞だったかも覚えていない。 鍾乳洞は。全長は5,000mと大きな鍾乳洞で、うち890mを観光用に公開されていて、洞内の鍾乳石の種類は37種類と、日本で一番多いんですよ。 |
| 鍾乳洞に入ると、ドーム状の広い場所に出ます。 鍾乳洞は歩く距離が長いので時間にゆとりを持って行かれると良いと思います。また、滴がポタポタ落ちてくる場所があるのでタオルがあるといいです。所要時間はすべて見学して2時間以上は必要かと思います。 洞内に入ると最初にあらわれる巨大な空間「東洋一洞窟」には無数の大石筍が林立しており、奥に位置する白いロケットのような石柱・昇龍の鐘が特に見どころです。 |
![]() |
| 「青の泉」は玉泉洞の見どころの一つです。リムストーンと呼ばれる鍾乳石により、幾重にも連なる湖沼のような景観が生み出されました。リムストーンを流れる水の音や水面の揺らぎが、この場所の清逸な雰囲気を醸し出しています。 | ![]() |
![]() |
| ハブショー 名古屋に住んでいた昭和60年頃、テレビのCMで“香嵐渓蛇センター”で“ハブとマングースを闘わせるイベントが開催されていた”。 爬虫類の蛇は嫌いで“マムシ、ハブ、コブラの毒を持つ蛇は見るのも抵抗があります。 |
![]() |
![]() |
『太平洋戦争沖縄決戦の”ひめゆり学徒隊”』
| 沖縄本島の南の端の糸満市に『ひめゆりの塔』があります。 中学生の多感な頃、吉永小百合主演の『あゝひめゆりの塔』1968年(昭和43年)が上映された。観賞した記憶がありますが、何時何処で見たかは記憶がありませんが、太平洋戦争沖縄本土決戦でひめゆり学徒は沖縄陸軍の看護要員として動員されたが米軍の侵攻により多くの生徒たちが亡くなった。悲しくて戦争に対する憎悪を感じたのを覚えています。 「ひめゆりの塔」と言うことで円筒形の高い塔を想定していましたが、写真の石碑が「ひめゆりの塔」でした。 |
![]() |
| 『ひめゆり平和祈念資料館』 入館した時は、丁度高校生の修学旅行の団体と鉢合わせた。館内の展示物には高校生が食い入るように眺めていています。 我々の時間もないことから、高校生の後ろから眺める程度で足早に通り抜けました。 2023年に鹿児島知覧特攻平和会館に見学に行ってきました。2024年パリオリンピック後の、卓球の早田ひな選手がインタビューで「特攻資料館へ行ってみたい。!」と答えていたのを思い出し、後日有名人が「ひめゆり平和資料館」へ行ってみたいと答えるのかなと思った。 |
| ここの駐車場も、“観光バスとレンタカー”が駐車可能です。 1953年「ひめゆりの塔」 今井正監督、島津恵子、香川京子 1968年「あゝひめゆりの塔」舛田利雄、吉永小百合、和泉雅子 1982年「ひめゆりの塔」今井正監督、栗原小巻、古手川祐子 1995年「ひめゆりの塔」 神山征二郎監督、沢口靖子、永島敏行、後藤久美子 |
![]() |