『琉球王国 14世紀の沖縄』
| 琉球王国。 1429年に尚巴志(しょう・はし)が首里城を起点に沖縄を統一して琉球王国が誕生した。 それまでは“三山時代”と呼ばれ、本土での戦国時代みたいな権力争いが繰り返されていた時代。ということで尚巴志は、源頼朝、足利尊氏、織田信長的な人だったのではと思っています。 ちなみに、本土では室町幕府第6代将軍が誕生した年である。 |
![]() |
| 時は遡り、沖縄は12世紀頃から権力者達が中国文化から石垣で囲まれた”グスク”と呼ばれる石垣塀を作り始めた。 グスクの石垣を見ると、野面積みで柵は流線型です。石垣の上部は船の穂先の様に張り出しています。本土の城郭の石垣とは形状が異なっています。中国の『万里の長城』のミニチュア感があります。(今帰仁城グスク) チョット沖縄の城で検索すると“グスク”は200以上検索され、あり、現在、グスクは琉球王国のグスク及び関連遺跡群として世界遺産に登録されているグスクは、 1,今帰仁城跡(なきじんじょうあと) 2,座喜味城跡(ざきみじょうあと) 3,勝連城跡(かつれんじょうあと) 4,中城城跡(なかぐすくじょうあと) 5,首里城跡(しゅりじょうあと) の5つがあります。 |
| 日本本土では、城郭跡が世界文化遺産に登録されている遺跡は山口県の萩城跡と長崎県の原城跡の2城ですが、なぜ沖縄は4つの城跡が登録されているのでしょうか?。 日本の鎌倉時代に当たる12世紀頃から一定の政治的勢力が現れはじめた。各地に「按司(あじ)」とよばれる豪族が現れ、彼らが互いに抗争と和解を繰り返しながら次第に整理・淘汰された。やがて、1429年尚巴志(しょう・はし)が主要な按司を統括し、はじめて統一権力を確立した。これが尚家(しょうけ)を頂点とする琉球王国の始まりである。 1609年に薩摩藩が琉球に侵攻し薩摩藩の統治下になったが独自文化で発展してきた。1879年明治12年に首里城を明治政府に明け渡し琉球王国が崩壊し沖縄県が誕生した。 |
![]() |
| 太平洋戦争終結の昭和20年にアメリカの統治下になって昭和47年(1972年)に日本復帰しました。 中国から伝わった伝説の神獣「獅子」を沖縄の人たちはシーサーと呼び、災難を防ぎ悪霊を家に招かないための魔除け・守護神として大切に扱ってきました。 沖縄の一般家庭の屋根や玄関に置かれ家の中に邪気が入らないよう守ってくれています。 シーサーは伝説の獣の像で“魔除け” |
![]() |
| 那覇空港から”ゆいレール”に乗って、那覇市内に行くとビルの合間を縫うように走っていた。“ゆいレール”の語源は“新垣結衣”ではなく“結レール”の“結ばれる“が語源らしく 沖縄唯一の鉄道。那覇空港から沖縄本島南部の浦添市間の17Kmが運行されている。県内の道路は整備され、自家用車が生活の必需品になっている。 沖縄の道路は、片側二車線でも追い越し車線をゆっくり走り、走行車線から追い抜いている場面をよく見かけます。 また、沖縄の道路幅が広く、歩道も広いためか走っている車のスピードがゆっくりしていると感じられます。 レンタカーで道路を走っていると、“れ”ナンバーの車が多く走っている。沖縄では“れ”ナンバーもレンタカーだそうです。 |
![]() |
| 那覇空港から“ゆいレール”に乗り6番目の“県庁前”駅で下車すると沖縄県庁前に出ます。その県庁前から北へ通じる道が国際通りで、入口にはシーサーが置かれています。 国際通りは、全長約1.6kmにわたって、お土産品店や雑貨店、居酒屋、カフェ、レストランなど多彩なお店が軒を連ねる観光ストリート。通り沿いや周辺にはホテルも数多くあります。 国際通りは、太平洋戦争で廃墟となった那覇市の中でいち早く復興を遂げたことから「奇跡の1マイル」と評された歴史を持っています。 沖縄県庁前に通じる”国際通り” 国際通り入口には「シーサー」がお迎えしてくれます。 天気予報の台風情報で沖縄が紹介されるとき、国際通りが写されています。沖縄の友人に「台風がよく上陸するから大変だね。」と聞くと「台風が来ても普段の生活と変わらないよ。」と言っていました。 |
![]() |
|
| 沖縄県には数多くのビーチがあります。 東シナ海の西側と、太平洋の東側。 恩納村にある“青の洞窟”へ行きたいと、JTBの人に言うと、“あなたには無理です。”とはっきり言われました。“青の洞窟”は陸からは行けず、海に潜りシュノーケリングして行くところです。“ |
| 沖縄や奄美大島に咲いているハイビスカス。 沖縄の県花は落葉高木“デイゴ”の花。 “島唄” でいごの花が咲き (1945年4月1日春が訪れ) 風を呼び 嵐が来た (沖縄本島に米軍が上陸した) でいごが咲き乱れ (4月から6月) 風を呼び 嵐が来た (米軍の侵攻が続いた) 繰り返す 哀しみは (米軍の残酷な殺戮は) 島わたる 波のよう (寄せては引く波の様に繰り返された) 『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』。 マドンナに“浅丘ルリ子”を迎えたシリーズ25作目。マドンナの浅丘ルリ子こと“リリー”が、沖縄で入院し、寅さんが葛飾柴又から空路沖縄にやってくる物語です。 |
| 沖縄のお墓です。その一族を奉られているそうです。正面の石の扉の中に先祖、兄弟の一族が奉られて手前の清明祭(シーミー)が執り行われます。親戚、親族が集まり宴会を行いコミュニケーションが計られます。 我々の本家継承の考え方と異なっています。我々は本家の血筋が途絶えるとお墓の継承問題に頭を悩ませますが、一族でお墓を守って行くなら継承問題も少ないのかな。 本土では、墓苑、墓園など共同墓地で墓石を置く区画を借りていますが、沖縄では墓地の所有者は個人なのでしょうか?。 琉球神道で、仏教で宗派によって信仰が異なりますが沖縄では宗派区分けは無いみたいです。 |
![]() |