『国宝 松本城』
松本は飛騨山脈、木曽山脈、筑摩山地に囲まれた標高500mから800mの静かな盆地です。戦国時代には1550年に武田晴信(信玄)、1582年織田信長、1590年に豊臣秀吉から許され石川数正が入城した。
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| 松本城は黒い漆黒の外壁で「黒い城」から「烏城」と呼ばれているとか。でも松本市では一言も「烏城」とは呼んでないそうです。 堀の岸壁に聳え立つ天守閣。5層の天守ですが実は6階建てで。天守閣に入場すると狭く急階段です。 天守閣の内部を撮影するのは禁止されていますので、天守閣内部は広く階段は及勾配です。なぜか大坂の陣や関ヶ原の戦いの説明パネルが掲げてありました。 |
| 初代城主の石川数正の知名度は低かったのですが“2023NHK大河ドラマ『どうする家康』で、徳川家康の“懐刀”で、「桶狭間の戦い(1560)」前から家康に仕えていて、豊臣秀吉と徳川家康が戦った「小牧・長久手の戦い(1584)」で徳川家康と豊臣秀吉を和睦させたとされる人物で、その翌年の天正13年(1585)に石川数正は徳川家康から豊臣秀吉へ寝返ったとされている。この寝返った理由が戦国時代の最大の謎とされています。 このことはNHK大河ドラマ“どうする家康”の第33話で石川数正の裏切りが描かれています。(“どうする家康”は史実と乖離しているとありますので注意方。) 天守閣手前の突き出たところが月見櫓。太平の世になった1633年から増設されたとされています。舞台のような広間で満天の月を見ることができるでしょう。 |
| 堀の外では夕刻の松本城天守閣を撮影しようと多くのカメラマンが三脚を広げその瞬間を待ち望んでいます。 アルプスの山々を背景に凛々しくたっています。 |
| 本丸御殿は1727年に焼失して復興されず現在に至っている。 |
| 名古屋から木曽川の河岸をひたすら走る中央本線の“特急しなの”。 さくらの花が満開で、木曽山脈の山頂では残雪の景色。 松本城は現存天守閣の国宝だった。姫路城、彦根城、犬山城、松江城とともに国宝に指定されている。 テレビのバラエティで“日本の城”の特集番組があると必ず上位に選出される『松本城』。 松本城に訪れると、1対9の割合で外国人観光者が見えます。右を見ても左を見ても外国人観光客で松本市民より多いと感じるほどです。 でも、朝起きて松本駅まえのバスターミナルやJRの到着する列車を見ていると日本人の多さに吃驚します。 |
| 向井千秋さん(心臓外科医師)が、1994(平成6)年にスペースシャトルで宇宙に持って行ったツツジの種から発芽させたもの。向井千秋さんは群馬県館林市の出身者であり種は友好都市へ配られた。 ちなみに、平成6年は、H-Ⅱロケット1号機打ち上げ成功した年です。
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| 本丸に入る正門の“黒門”から入ると“甲冑”が展示されています。 |
| 松本駅コンコースに観光センター内に飾られている“松本城の模型“があります。 松本市マスコットキャラは『アルプちゃん』で、松本城に掲げてある『アルプちゃん』は~甲冑version~です。 本来のお姿は、帽子は北アルプスの山がデザインされ、服は豊かな自然の緑で可愛らしく手にはバイオリンを持っています。 |
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『牛にひかれて善光寺』
| 松本駅からJR“篠井線”で北アルプスの穂高岳、中岳を望みながら山岳地帯を走りぬけて千曲川の流域を見下ろしながら長野盆地の長野駅に到着します。 名古屋に住んでいた昭和50年代後半頃に友人に連れられ深夜に出発して早朝に善光寺に着いてお参りしてとんぼ返りした弾丸観光をしたことがあります。 門前町のお蕎麦も賞味せず帰った特攻参拝でした。 今一度、極楽浄土へ導いてもらうために善光寺へお参りします。 |
善光寺は、『身分も男女も善悪も問わず、どんな人でも必ず極楽往生できる。』と言われています。江戸時代では「遠くとも一度は参れ善光寺」と語り継がれてきた言葉です。一度でもいいから善光寺でお参りを。そうすれば極楽往生が約束される、と古くから信じられています。
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『仁王門』から仲見世通りの石畳を歩き『山門』を潜ると『本堂』でます一直線に配置されています。まずは本堂まで進みます。 本堂前の『大香炉』にお線香一束をお供えして立ち込める煙で全身を清め、無病息災、病気平癒を祈り本堂へ行きます。 |
| 『山門』 参道に聳える『山門』は、京都知恩院や南禅寺の山門と比べても見劣りしない建物です。 日本三大三門は、京都南禅寺、東福寺と久遠寺とされています。 南禅寺:横幅50m、使高さ24m、用されている屋根瓦は約7万枚。 東福寺:幅約26m高さ約22mの、巨大建造物。 現存三門としては日本最古。 久遠寺:間口23m、奥行9m、高さ21m 知恩院:間口45m、奥行35m、周囲に幅3mの大外縁がめぐらされている。 善光寺:正面20メートル、高さ20メートル、奥行き7.8メートルの入母屋造り(いりもやづくり)の大楼門です。 |
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山門に掲げられている額の文字には幾つかの特徴があります。
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経蔵
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長野駅から善光寺まで“NAVITIME”で調べたら1200円でした。長野駅でタクシーに乗ったら、大通りはゆっくり走り、直ぐに赤信号でとまり、青信号になってもなかなか発車しない。“仁王門の前で止めて下さい。”と言っても遠回りして仁王門の裏まで走り料金1600円でした。非常に腹立たしいです。
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| 『仁王門』から『山門』までの中店通りは、多くの店が並んでいます。イメージ的には蕎麦屋さんやお土産屋さんが並んでいると思っていましたが、スイーツやスターバックスのコーヒーショップと現代に即した店舗が多いです。 日本三大蕎麦と言えば、戸隠そば、出雲そば、わんこそばだそうです。戸隠そばは、信州の戸隠地域でとれるそばで信州そばになります。 善光寺仲見世通りにある“蕎麦やさん”。タクシーに勧められて入ってみました。細くて冷水でキュっと締められたもりそばですが、汁が薄味でした。 世間で美味しいお蕎麦を、すすると鼻から蕎麦の香りが通り抜けのど越しさわやかと言われていますが、私には良く分かりません。 信州そばの有名なソバ産地として、「戸隠」(旧戸隠村、現 長野市戸隠 )「開田」(旧 木曽郡開田村、現 木曽町)、「川上」(川上村 (長野県))、「柏原」(上水内郡信濃町)、「唐沢」(東筑摩郡山形村)、「富倉」(飯山市)、高遠(伊那市)等がある。 |