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茨城 つくばreport

筑波宇宙センター

『筑波宇宙センター』

つくば研究学園都市に航空宇宙開発機構“JAXA”の筑波宇宙センターがあります。
ここには1982年頃にH-Ⅰロケット誘導制御開発試験のテレメータ担当で約1年間通いつめました。
昭和55年と57年に名古屋から月曜日の朝8時前の新幹線に乗り、上野で常磐線に乗り換えて午後13時から仕事を始めます。そして金曜日の仕事が完了して、荒川沖駅から列車に乗り最悪東京発21時の最終新幹線で帰ります。金曜日の最終の下り新幹線は満席が多く、指定席が取れず車両のデッキで新聞紙を敷いて座っていたこともありました。
こんな生活を約1年間繰り返していました。

約40年経過して再び宇宙センターを訪れましたが当時と風景はあまり変わってしませんが唯一入口を通った左手横にH-Ⅱロケットの本物の機体が展示されています。純国産100%の大型ロケットです。
後方のビルと対比させることで大きくて迫力のある写真が撮影できました。
センター内は新型コロナ禍の影響で見学範囲が制限され、試験のため1年間通った“誘導棟”を見たかったのですが筑波宇宙センターで見学ができるのは展示棟だけでした。

受付でリストバンドを取り付け見学棟へ行きますと見学棟はスペースドームと呼ばれテントみたいな建物です。


敷地内には厚生棟に食堂があります。40年前は、土浦のホテルが素泊まりで宇宙センターに来て朝食を食べていました。今回の訪問時は”新型コロナ”の影響で食堂が閉鎖されていて入れなくて残念でした。
展示館の中には開発時の本物や、日本の大型ロケットのファミリー模型が並んでいます。N-Ⅰロケット、N-Ⅱロケット、H-Ⅰロケット、H-Ⅱロケット、H-ⅡAロケット、H-ⅡBロケットと続きH3ロケットの模型が飾られています。

H3ロケット1号機は、開発3年遅れの2023年3月7日に初号機が打ち上げられ2段エンジン不着火で失敗しましたが2号機以降は成功してもらいたいものです。
ロケットエンジンが展示され一際大きいのが1段LE-7AエンジンでH-ⅡAロケット、H-ⅡBロケットに搭載されています。
その横に、2段LE-5エンジンが展示されています。1段と2段の間の”段間部”に納められています。
2段搭載機器(ガスジェット、常温ヘリウム気蓄器)も納められています。


国際宇宙ステーション(ISS)に結合されている日本の実験棟“きほう(JEM)”の実物(開発機体)や宇宙ステーションへ物資を運ぶ“こうのとり(HTV)”が展示されています。H-ⅡBロケットで打ち上げられ国際宇宙ステーションISSへ物資を運ぶ機体です。




筑波山

『筑波山』

広い関東平野の北にそびえる筑波山。左が男体山と右が女体山です。

チョット交通機関が不便です。JR常磐線、つくばエクスプレス、関東鉄道常総線の各駅からバスで1時間かかります。


 ♪~ 筑波山麓男声合唱団
    マウントツクバのフロッグコーラス
    コンダクターはがま蛙
    がまはがまでも四六のがま  ~♪

    セカンドテナーはあま蛙
    ケロケケケケケケケケケ
    ケロケロケロケロ      ~♪
女体山の麓からロープウェイで山頂へ行きます。
女体山から男体山へは徒歩で移動します。若干残雪があり山岳路は泥濘るんでいます。途中に蛙に似た“ガマ石”岩があり、皆さん口に目がけて小石を投げています。

♪~ ゲロゲロゲロ~  ~♪
女体山山頂から尾根伝いに下った所に『ガマ石』があります。

「ガマの油」とは、傷薬として用いられていた軟膏。
大坂冬の陣、大阪夏の陣で負傷した兵士を治療したのが始まりとされ、“ガマの油売り“が広まったとされてます。

『ガマ石』
あの筑波山名物「ガマの油」ガマ口上を考案した永井兵助が、この石の前で口上の文句を考えたと言われており、この不思議な形の石は、実は江戸時代には「雄竜石」と言われ、その尾は霞ヶ浦に達すると言われてます。
©看板より

男体山からはケーブルカーで下山しますが、ケーブルカー乗り場は大展望台で関東平野が一望できます。




筑波神社

『つくばねの峰よりおつるみなの川 こひぞつもりて淵となりぬる』

筑波山を御神体とする『筑波神社』は、筑波山男体山の麓に鎮座されています。
 男体山の神。人格神を伊弉諾尊(イザナギ)。
 女体山の神。人格神を伊弉冊尊(イザナミ)。
3,000年前から信仰されていたというから縄文時代の終わりころからになります。夫婦和合・縁結び・家内安全などのご利益があります。

古式立派な拝殿で丁寧にお参りしました。

拝殿前に居る狛犬で、動きのある像です。
狛犬は、獅子に似た日本の獣で想像上の生き物とされていて境内には、もう一対の狛犬が置かれてました。
「隋神門」
昭和55年に筑波宇宙センターで仕事をしていた時に一度筑波神社に参拝したことがあります。参拝を終えて「隋神門」から出てきたところの写真が残っています。
【宇宙の卵】
万博会場の東ゲートに飾られた科学万博つくば’85のシンボル強化プラステック製で銀色鈍く輝く『宇宙の卵』は無の象徴として生まれみんなで温める未来の夢が楽しみである。
高さ2.3m,長さ2.5m、直径2.0、重さ約6t   ©看板より
手水舎の前に並べてある球体の石群です。
太陽系の惑星をイメージしました。



偕楽園

『水戸の偕楽園』

水戸の偕楽園は2度目の観光です。1度目は昭和57年頃だったと思いますが、先輩に連れられて土浦から常磐線で訪れて梅林の中を歩いたことを覚えています。

今回は梅を観賞する目的で来ました。


やはり偕楽園の梅祭りは人気があるのか表門ですが入場券を購入する行列ができていて20分程度待って入園しました。
『表門』から入園すると目の前に梅林が広がっています。
撮影者を見ているとほとんどのかたが”図鑑写真”(花だけのアップ)を撮影されています。これでは後から写真を見ても何の梅か分からないと思います。
梅林の中を散策する畦道があり梅の香りが漂い紅梅、白梅が満開の中を通り抜けます。皆さん梅の木の前に立ち止まり写真タイムがあちこちで行われています。
偕楽園の梅の木の幹は程よく枝分かれし螺旋状に曲がりくねってボリューム感を持たせてあり、梅の花が密集して咲いていて美しく手入れが行き届いていることに感心しました。
“好文亭”は水戸藩九代藩主の徳川斉昭(徳川慶喜の実父)が詩歌・管弦の催しを行うため設計しました。
“好文”は梅の異名で、
「学問に親しめば梅が開き、学問を廃すれば梅の花が開かなかった」で名付けられた。
梅を尊重しておられるのが良くわかります。
襖には梅や桃、菊の絵が描かれており必見です。
偕楽園横のJR線の反対側には大きな池があります。
2階から眺める偕楽園の梅林の梅の花が咲き誇る風景を眺めとやすらぎの時を持てます。その奥の“千波湖”に浮かんでいるボート、池の周りをハイキングされる姿を見ていると一日中楽しめる観光公園です。
林の中に白い巨大なたまごが幾つか置いてあります。巨大たまごには電気コードが繋がっているので夜間になると点灯させ幻想的な空間を演出されるのでしょう。




偕楽園と千波湖の間を常磐線が通っていて通過する特急電車がかっこいいです。
偕楽園への行き方を「乗り換えアプリ」で調べてもJR偕楽園駅に行けません。おかしいので良く調べるとJR偕楽園駅は下りホームのみで登りホームはありませんでした。こんな駅があるなんてビックリです。




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