『世界遺産第一号』
| 播磨の国の姫路城。 広い城郭で驚きます。 この城郭が現存しているとは驚きです。江戸時代の一国一城、明治時代の廃藩置県、昭和時代の戦争、自然災害に見舞われる事なく現在まで残っているとは。 天守閣前の緑の芝生。 大手門から天守へへ向かう石段を 播磨国の姫路城は現存する天守12城の1つです。 姫路駅前メインストリートを1Km程進んだところに姫路城があります。 播磨の国に 姫路城は空から見ると白鷺が羽を広げている姿に見えることから『白鷺城』と名付けられたそうです。 平山城で 阪神工業地帯に属していますが戦争で焼失しなかったことは幸いです。 平成5年12月、法隆寺とともに日本で初の世界文化遺産に登録されました。 |
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| 石垣が14.85m、建物が31.5mで合計46.3mを誇る天守閣と連携する小天守。。 天守の石垣の前に立つと、巨大天守に驚かされます。 |
| 築城は、1333年、南北朝時代に赤松則村が姫山に砦を築き、城代には黒田官兵衛、羽柴秀吉、羽柴秀長らが務めている。 本能寺の変直後、備中高松に居た羽柴秀吉は明智光秀を打つために備中高松から京都までの中間点の姫路城までの70Kmを2万の軍勢が走破した。 関ケ原の戦い後、池田恒興の次男である池田輝政が1609年に五重七階の連立式天守を完成させました。 池田恒興とは、小牧長久手の戦いで敵将なのに、何故徳川家康は次女の督姫を嫁がせたのかね?。 ”大坂夏の陣(1615)”のあと、本多忠勝の長男の本多忠政が入城してます。 現在まで存続し世界遺産に認定された。 |
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| 城内は驚くほど広いです。攻撃と防衛の仕掛けが至る所に隠されています。 『武者隠し』です。 |
| 「いちま~い。にま~い。さんま~い。・・・」 三大怪談の一つ『皿屋敷』の『播州皿屋敷』と『番町皿屋敷』があります。『播州皿屋敷』の舞台がここ姫路城に、お菊さんが投げ込まれた井戸があります。 |
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