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第31~33番札所report


第三十一番札所 姨綺耶山 長命寺

『八千年(やちとせ)や  柳に長き 命寺(いのちでら) 運ぶ歩みの かざしなるらん』

創建は619年。近江八幡市の琵琶湖に張り出すような地形の所に長命寺山があり、その上に建立されています。
長命寺林道を登りますが道幅が狭く車一台しか通れず対向車が来た場合の離合場所に困りますので注意が必要です。長命寺の石段は、麓からだと800段ありますが自動車で登った所の駐車場からは100段程度です。
境内入口を通り抜け境内に入ると本堂が建立されています。
本尊は正面に「千手観世音菩薩』右に『十一面観世音菩薩』左に『聖観世音菩薩』一緒に祀られており三尊一体の御本尊で『千手十一面聖観世音菩薩三尊一体』秘仏となっており普段は御前立の『千手観世音菩薩』をお参りします。

第12代景行天皇の時代に、竹内宿禰という人が柳の木に「寿命長遠諸願成就」と彫り長寿を祈願して300歳の長寿を全うしたと言われ、6代の天皇を仕えたとされ、後に聖徳太子が十一面観音を刻み、伽藍を建立し長命寺と名付けられたとされています。この時代は1年で2歳と数えるとかで年齢は曖昧な時代です。

とにかく健康寿命が長く安らかに旅たてるようにと切にお願いしました。
近江八幡長命寺の付近では長生きを願って作られた「長命うどん」が食べられています。石段の入口に店舗がありますのでご賞味下さい。また、「長命うどん」でググると名古屋名物と紹介されていますが関連は無いみたいです。
本堂の奥の三重塔は海老茶色に塗られ姿は他に類を見ない物で何か鎧を被っているように見えます。
安土桃山時代の1597に建てられ独特な技法で建築されており写真に残しておくべきでしょう。
長命寺三重塔  【重要文化財】
三重塔は元応2年(1320)に竣功の式が執り行われ、佐々木時信がこれを祝して馬一疋を奉加した。
永正13年(1516)の焼失後、天将7年(1589)から慶長2年(1597)にかけて再建されたことが、昭和39年(1964)の解体修理により判明している。
三間三重塔婆、柿葺で、各重とも高欄付の縁を廻し、外部は総丹塗です。高さ24.35mで、県内に現存する三重塔七基の内、二番目の高さを誇る。初重内部は四天柱で内外陣に分けられ、四天柱内一杯に須弥壇が築かれており、本尊の大日如来坐像、四天王立像が安置されている。
塔全体で余裕のある形態を持ち、比較的遺構の少ない桃山時代の塔として貴重な遺構である。
また、境内から琵琶湖が展望できます。
長命寺境内から望む琵琶湖の入江。湖西が望め右に琵琶湖大橋。左に近江八幡があります。

第三十二番札所 繖山 観音正寺

『あなとうと 導きたまえ 観音寺 遠き国より 運ぶ歩みを』

近江の観音正寺
東海道本線を挟んで対面に安土城跡があり、きぬがさ街道を走り小さな看板の観音正寺への道案内に従って麓から曲がりくねって登ったところに建立されています。観音正寺へのアクセスは4 コースあり自動車での通行はこのコースのみです。
山門をもたない凛々しい仁王像に迎えられ、境内に入ると山肌に沿って山側に伽藍が建立され麓側は近江盆地が一望できる長い境内です。
創建は605年 。諸説ありここも聖徳太子が開祖と言われ、自彫の千手観音を祀ったのがはじまりとされています。

本尊は、1993年の火災により本堂とともに焼失してしまい、平成16年に再建され、本尊は慶派の流れを汲む松本明慶により木造の本尊『千手千眼観世音菩薩』が造立されている。


観音様に対面し、願い事を祈りながら大きなお膝を特製の散華にて御身拭いして自分だけのお守りを作ります。
本堂の山手側には多数の石(石仏)が積み上げられています。
また、聖徳太子が人魚の願いを聞いて観音菩薩を祀ったとされています。

境内の奥に観音寺城跡へ通じる道があります。
観音寺城は南近江守護六角氏の居城で国内最大級の山城であり織田信長上洛時に戦って敗れた武将です。


第三十三番札所 谷汲山 華厳寺

『世を照らす 仏のしるし ありければ まだともしびも 消えぬなりけり』

『谷汲さん』の愛称で親したしまれています。
樽見鉄道の「谷汲口駅」から結構遠くにありますが、以前は名鉄の岐阜駅から揖斐線、谷汲線の「谷汲駅」がありましたが、谷汲線は2001年に、揖斐線は2005年に廃線になりました。
国道から山門を通ると仁王門までの長い巡礼花街道にはお土産、飲食店が立ち並び賑わっています。広い駐車場もあります。
仁王門を潜ると「十一面観音」の幟が幾つも立てられています。本堂へまでの石段をのぼります。石段は木々に囲まれ静かでセミの鳴き声が響いて、暑い夏でも涼しさを感じます。
石段を登りきると目の前が本堂です。

創建は798年。
大口大領なる人物によって都の仏師に依頼して自らの信仰する十一面観音の像を造立した。彼は観音像とともに会津に帰ろうとしていたが、途中、美濃国の赤坂(現・岐阜県大垣市)で観音像が動かなくなってしまった。同地に草庵を建立。
延暦末年に、当地で修行していた僧・豊然上人の協力を得て華厳寺を建立した。
本尊『十一面観世音菩薩』は秘仏で御前立が祀られています。
笈摺堂 - 本堂背後にある小堂。当寺には花山法皇が禅衣、杖、および三首のご詠歌を奉納したとされる。この堂には今日も西国三十三所巡礼を終えた人々が奉納した笈摺、朱印帳等が置かれ、多数の千羽鶴が奉納されている。
千羽鶴は折鶴(おりつる)が笈摺(おいづる)にちなむことから奉納される。
本堂の柱には『精進落とし』の鯉が祀られています。もともと西国巡礼は僧侶の修行の意味があり、その頃は、肉、魚を口にせず、欲を絶って三十三所のお寺をお参りして満願を迎え、晴れて鯉に触れ「精進を落とす」という習わしがあるとされています。
三十三所の巡礼が終わりましたら必ず精進落としをしましょう。
谷汲さんのマスコット”いのりちゃん”です。